【父の病気】治療をしないという選択。

「声がおかしいから病院に行って」。

何年も前から言っていたけど、病院嫌いな父は行かなかった。

そして、先日、あまりの息苦しさに病院に行くと、緊急処置手術。

いつ窒息してもおかしくない状態だったと。

軌道を確保するための器具をつけられ、病院のベッドで寝ている父の手は、色白く、手の甲には骨が浮き出ている。

そして、テーブルの上に置かれた記録紙、体重49.5kgという数値が、私より少ないことに驚いて、

子供の頃記憶していた、あのゴツくて力強かった筋肉だらけの身体は、今面影すらない。

検査結果で、告げられた病名は、
やっぱり予測通り。

これから、ステージの確定のために全身検査をしていくのだそうだ。

病名は本人にも知らされ、

そんな中でも、陽気な父は「人間年を取れば病気になる、喉のつまりがとれて、それだけでも気分がいい」と言って、おどけて見せる。

今は一旦家に帰り、家族と過ごしているけれど、

父が受けた治療法の説明は、

放射線治療のために歯を9本抜く必要がある事。
もしかして声を失うかもしれないという事。
胃瘻になるかもしれないという事。

それと、放射線治療は、たいした後遺症や副作用はないと説明を受けたという。

でも、私の友達は同じ病気で、治癒し普通の生活に戻っているけれど、放射線治療によって今も後遺症に苦しんでいる事を知っている。

直接聞いたわけではないけれど、兄から聞く説明は、とても機械的で、なんだかとてもやるせない気持ちでいっぱいになった。

もちろん、先生方は、今の最先端技術を用いた治療法を言ってくれているのだろう。

でも、何かがたりない。

父85歳。
声を失い、歯を失い、食べる喜びを失って、おそらく術後の入院生活と、放射線の治療による副作用、ベッドでの入院生活で体力も大幅に奪われる。

ただでさえ、この2週間の入院で、失った体力は本人でなくとも感じ取れるというのに。

家族として

どうしたいかは、もちろん父が決める。

私が決めることではないと知りつつも、

今父は、美味しいものも食べれて、喋れて、歩ける。
私達と話し、冗談を言って笑い合い、普通の生活が送れている。

何のための治療なのか。
父にとって幸せとは何なのか。

私は、治療をしないという選択肢についても
父と話したかった。

父の選択

私が言うまでもなく、

父は、
結果がどうであれ、
歯を抜く、
臓器を取り除く、
それはしないつもりだと。

家族で話し、病気と闘うのではなく、
共存という道を探す。

生きるとは何なのか。

治るか治らないかわからない治療よりも、

生活できる最低限の対処療法で、自分らしく生きる。

食べたいものを食べ、
行きたいところに行き、
家族と過ごし、
趣味の山菜採りを楽しむ。

その選択によって得られるメリットもデメリットもある。それでも、普段の生活をできる限り続けていく。

私はどんな父の選択を最後まで応援したい。

どちらにしても、あと数週間で、検査結果が出てくる。

どんな結果が出ても、

きっと、陽気な父は、いつもと変わらないと思う。

だからこそ、私達家族も
深刻になりすぎず、父との人生を楽しもう。

好きな山も畑も、温泉も、身体が動く限り、
父が楽しめるように。