3年半の不登校が娘にもたらしたもの。子どもたちの感性を感性で聴く。


私の娘は、中学一年の夏休み明けから、
3年半、学校に行くのを止めていた。

手っ取り早く言えば、不登校児だったのですが、

その後、通信高校に入り、
今年の3月に卒業予定。

そして、
4月から鹿児島の学校に行くことが決まっている。

ちょっとした戦友?

先日のあけみちゃんとのセッション
感じた事を娘にシェアしていた時、

娘が、「私も母さんに依存しているね。」
と言ってきた。

「親子だしね。今はお互いしているよね。
鹿児島での一人暮らし楽しんでおいで。
この一年をどう過ごすかは、自分で考えて」

「母さんも一人暮らし、
自由になる分、色々頑張ってね」

なんだか、ちょっとした戦友のような会話。
そんな話しをした後、

学校に行かなくなった時の心境を
話し始めた。

本能で感じる世界

娘曰く、
「私ね、あの中学の校舎に入ると
全部が白く見えたの。

ある日突然なんだけど、
扉から、白い光のような物を感じて、

それから壁も人も、
白い部分などそんなにない学校なのに
何もかも白く見えた。

でも私は白じゃなくて、
私がここにいることを許されていない。
拒絶されているって感じがして、

絵の具で言ったら
周りはリキテックス(油)の白、私は水彩の濃紺、
上から真っ白に塗られる、そんなイメージ。

居心地が悪くて、
ここにいちゃいけない、いられないと思った」

かなり抽象的な表現だけど、
娘の性格を考えるとなんとなくわかる。

そして、その後、3年間通った、
通信高校は違っていたと。

「白じゃなくて、色々なカラーがあって、
同じになる必要もなく、何色かなんて気にする
必要もなかった。私はここにいてもいいと思った」

もちろん、不登校は私との関係性の問題もあったけど、
それぞれの持つ学校のカラーやスタイルが、合わない子供はいる。

その時、なぜ?どうして?と聴かれても表現などできない。
理屈でなく、子供達は本能や身体で感じているのだと思う。

娘も5年経ってやっと、こうして言葉で表現出来たと言っていた。

子供の成長

そんな話しの中で、娘が言った言葉。

母さんには色々迷惑かけたけど、
私が歩んできた道は1つも後悔していない。

だって、全部自分で決めたことだから。

学校に行かないということも
通信高校に行くということも
今度いく鹿児島の学校も、
私が決めたと言う気持があるから
後悔はしていない。

そう思えるのは
母さんがほっといてくれたからだと思う。

昨年夏まで、これから行きたい場所がなくて、
どうしようと思った事もあったけど、
私の中に、なんとなく確信があった。

私が行く場所は、出会うときが来たら出会うって。

だから、本当はそんなに心配してなかったの。

これも、娘の感覚の世界。
もし、ここで、私のコントロールが入っていたら、
娘はまた、自分の望まない方向に進んでいたかもしれない。

たくましく凛々しい。
この子はすごい!天才に違いないと
馬鹿丸出しの親心。

我が娘ながらちょっと痺れた!

全て自分で決めてきたから後悔などない。
涙ぐみながら、力強く語る。

私は、自分の人生にこんなセリフ、正直言えない。

学校にいかないと決めた日から
沢山の事を考えた日々が伝わってくるようだった。

「考えることは十分してきたよね。
だから、後は経験を積んでおいで」

私は、そう言いながら、

全て自分で決めたから。

自分自分にもこの覚悟が必要だなと思った。

娘が鹿児島の学校に行く事を決めるまでの縁。

私の彼から、娘にと手渡してくれたご縁紡ぎ講演会のチラシ。

行かないと思う。
そう思いなら、とりあえず渡したチラシに
娘は珍しく興味を持った。

そして、そこで出会った人に
この学校を薦められ、

その時、「ここだ!」と確信したらしい。

その後、一人で鹿児島まで学校見学に行き、

自己推薦書を書き、面接の為再び鹿児島へ。

約1ヶ月後、合格通知が届いた。

娘は、自分の感覚を、信じてこれからも進む。

考えてみたら、
この道を繋げてくれたのは、彼なんだな。

昨日も、相変わらず、討論になったけど、
感謝する事は山ほどある。

合格祝いに一緒に行こうと話していた
ホットケーキ、まだ食べに行っていない。

彼も誘って、近い内に計画を立てるとしよう。

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