人を頼れない全てのお父さんへ。これは強すぎる父を持った娘からの願いです。

先日のブログに書いた強くてかっこいい父の話。

家族が尊敬する父だけど、
強い父が、無意識に作る家庭内バランスについて、

今日はその話をしたい。

仕事ができる人は、
上手く出来ない人に、
自分のやり方を求めることはよくある話。

父もまた、母に対しても、
子供達にも、行動と強さを求めていた。

「なんでこんな事も出来ないんだ」
「なんでもっと早くやらないんだ」
「あと5分早く起きればいいだけの話だろ」と言うように。

それは、言葉にするときもあったし、
行動や態度で示す事もあった。

父から発するエネルギーは、
父と同じようにできない私達にとって
常に「お前はダメな人間だ」と言われているに等しく
居心地が悪い。

特に母に対しての、要求は、
子供の私から見てもとても息苦しいものだった。

末っ子の私には、父は優しく、
声を荒げたことはないけれど、
「女性って大変なんだな」と、
母の苦しさを私も一緒に味わっていたと思う。

父の怖さ

長兄は、父を怒らせる事を何度かした。
ある朝、兄が食卓にいない。
「お兄ちゃんは?」と聞くと、
母が首を横に振った。

聞いてはいけない事だとわかり、
黙ったままご飯を食べる。

この時兄は、父の逆鱗に触れる行動によって、
真夜中に山に連れて行かれ、
木に縛りつけられたまま一夜を過ごしていた。

飼っていた犬を一緒においてきたのは、
父の優しさだと思うけど、

それを聞いて、私は、
絶対父を怒らせることはしないと決めた。

次兄もまた、
同じ男の子として、私よりも、父を恐れ、
怒られないように過ごしていたと思う。

長兄は、私達に、
何をすれば、どう怒られるのかを示してくれる
存在だった。

それでも、長兄は負けない。
何度か父に怒られるうちに、
父の強さや要求には応えきれないと考えたのか、
いつの頃からか、意識を家族のサークル外に出した。
今思えば賢い選択だったと思う。

悪い事はしないけど、
父の要求にも従わないと言うスタンス。

要求をされ続ける息苦しさ

父は多分、私達に要求しているつもりなどない。

私達がなぜ出来ないのか、
本当にわからなかったんだと思う。

悪気もなく、相手に強要しているつもりもない。

でも、父の放つ強力なエネルギーは
私達に精神的に休む暇を与えてくれない。

動け、働け、考えて行動しろ
無意識のメッセージが家族内にあって、

それだけで、母も、兄弟も、
常に、父を怒らせないように、
余計な事はしないように、
そう考えて行動することで、私達のエネルギーは奪われていた。

父のように強い人間は、
その強さに匹敵する無力で弱い人間を周りに作る。

私達家族は、一見、大きな問題が無いように見えるけど、
それぞれが生き辛さを感じている不健全家族だったと思う。

心の病から立ち直った兄と家族の22年間。今だから話せる抵抗感から尊敬に変わるまでの出来事。

バランスの法則

私の家で起こっていたものは、

「働きアリの法則」2対6対2の法則の
バランスに似ていると思う。

普通は
生産性の高い優秀な人が2割、
普通の人が6割、
生産性の低い怠け者が2割と、表現されるけど、

我が家は、
上位の2は、強力なエネルギーを
発しながら家族を引っ張る父、

中間は6は、そのエネルギーに屈しながら、
どうにか付いて行っている母、次兄、私、

下位の2は、そこから意識的に離脱し、
我が道を行く兄。

下位と表現したけど、兄の場合、
意識的に下位を装ったといういう感じ。

私は今でも、
父のような強力なエネルギーを発している人の前に行くと
身体が緊張する。

働け、動けと言われている気がして落ち着かない。

前よりも、ずっと反応は緩くなっているけど、
意識していないと、いつのまにか身体に力が入る。

健全な関係に必要な事

父を責めるつもりはない。

だけど、どうすれば、
父にとっても、母や私達兄弟にとっても、
お互いにとって相乗効果を産む関係になれたのか。

一つに、
私は、父を助けるチャンスを与えて欲しかった。
どんな形でもいいから役立ちたかった。
私達にも、協力できる父とは違う能力がある事を
知って欲しかった。

強力なエネルギーで、
「俺がやらなきゃ誰がやる!」
そんなメッセージを身体から発しながら、
弱さも見せずに、何でもできる様に見せている相手に、

まして、たまに手伝えば、
自分の思ったものと違うと、気に入らない顔をする相手に、

私達は、協力できる内容も分からず、
自分の価値を感じるチャンスもなく、無力感だけが残る。

もちろん、父の期待以上の物が出せたら、
それに越した事はないけど、それは簡単な事ではない。

たぶん、父は
誰にも負けるもんかという思いで生きてきた。
だから、一部でも、自分より能力が上である人を
認める事が怖かったし、弱みを見せる事は負けと
同じだったのだと思う。

本当は、自分の弱さを知っているからこそ、
強く見せる必要があったのだと思う。

人に任せる。頼む。弱さを見せる。感謝する。

もし、この行為が、周りに役立つチャンスと元気を与え、
強くすることを、知っていたら、
父は喜んでしたかもしれない。

人を頼れない人へ

今、
父のように、人に頼れず、がむしゃらに働いている人がいたら、
自分が周りにどんなエネルギーを発しているか
第三者の目で想像してほしい。

周りは、何もしないのではなく、
協力したくても、できないのかもしれない。

何をすれば、役に立てるのか、
怖くて聞けないのかもしれない。

少しずつ身体を緩めつつ、
周りとのエネルギーバランスを調和させ、
お互いが役立てる関係を
どうか、見つけてほしいと思う。

これは、強すぎる父を持った娘からの願いです。

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