【不登校】中1の夏休み明け、娘は突然学校に行かなくなった。

今から7年前の9月1日、
中1の夏休み明け、娘は突然学校に行かなくなった。

あの日は驚いたな〜。

ほんの3週間前は、吹奏楽のコンクールで、
元気に発表会をしていた姿を見ていたし、

今まで
夏休みは、「勉強しなさい」なんて言わなくても
自分で宿題をする子だったから
心配もしてなかった。

だけど、夏休み中間に、
担任の先生から、職場に突然の電話。

「娘さん、今日の登校日学校に来ていないのですがなにかありましたか?」と言われ、恥ずかしながら、その日が娘の登校日だと知った。

すぐに家に電話して
「今日登校日。先生から電話きたよ」と聞くと、

「知ってるよ。知ってて行かなかった。私、もう学校いかないから」と宣言。

「エッ?どうしたの?」

もう頭の中は
「???????」な状態。

何が起こっているのかわからず、
「家に帰ってから話そ」そう言って、

頭の中は混乱しつつも、仕事をしなきゃって、
とりあえず、冷静になって

「そんな時もある、
夏休み後半中にどうにかなるはず」と、
楽観的に考えた。

そして、家に帰ってから

「なにかあったの?」と聞くと、

「べつに」

「宿題できてないから?」

「そうじゃない」

「なら、どうして?」

「わからない」

「わからないじゃ、わかんないよ」

そんな、会話を続けたけど、

結局、娘は
「わからない」の一点張りだった。

私の本音

そして、夏休み開け、娘は宣言どおり、
学校に行くことはしなかった。

私の心の中はね、正直
《ふざけんじゃねえぞ!
どんな思いで私が一生懸命働いてると
思ってるんだよ!!!》

これが本音。

でも、表面上は
理解のある親のフリをしながら、
どうしたら、学校に行くのか
頭の中はグルグルグルグル。

娘の事はほんとに大事にして来たつもりだったし、
もちろん大好きだし、「娘の将来の為」に
そう思って、できる限りのことをしようと思った。

でも、私のグルグルの正体は、
娘の為というよりは、
自分の体裁を守る事の方が多かったかも。

学校、友達、親や親戚、

きっと、私の子育てが間違っていると言われる。
私がダメな人間だって思われる。
(↑当時は気付いていない)

そして、もちろん娘の将来への不安も重なって、

「今」娘に起こっている事、
娘の気持ちや状態。その一番大切な部分を見落としていた。

学校の先生に電話してもらったり、
友達に迎えに来てもらったり
ママ友に説得してもらったり、
気晴らしにどこかに連れて行ったり、

しばらく色々試してみたけれど、
益々表情がなくなっていく娘を見て
こんな小手先の事では解決しないとわかった時、

ほんとに、どうしたらいいかわからなくなって
娘の前で大泣き、

「私が悪かった。ごめんね
ほんとにごめんね」って、

何に謝っていいのかもわからないまま、
いつのまにか笑わなくなった娘の顔を見てたら、
自分が本当に駄目な母親に思えて、
ワンワン声を上げて泣いてしまった。

そんな私をね、
娘は能面の顔しながら、
背中をトントンあやしてくれてたんだよ。

苦しかったのは娘の方なのにね。

親の姿

子供にとって、親を悲しませるとわかってて
「学校へ行かない」を選択するって、

簡単に考えてできる事ではないんだよね。

なんだか苦しくて、苦しくて、

学校に行きたくない。
行けない。

あとになって娘と話したんだけど、

娘が言った通り、
本当にどうしてなのかわからなかったんだよね。

その辛さを、私は解らぬまま、
一旦、理解ある親のフリをして、
頭の中は、学校に戻すことばかり。

そして、言葉とは裏腹で、
考えているのは娘のことより自分のこと。

そんな親の姿、
子供は敏感に感じ取るよね。

寂しくて、悲しかっただろうな。

わからないものはわからない

子供が学校に行かなくなる理由は
きっと10人いれば10人の理由がある。

そして、多くは、ちゃんとした理由を
伝えることなんて出来ない。

だけど、
学校に行くだけの気力というか、エネルギーが
ないと言う事は事実。

だから、そんな時、
親が、子供にしてあげられることは
もしかしたら1つだけかもしれない。

私は出来なかったけど、

その「学校に行けない」「わからない」を、
わからないまま理解してあげること。

まずは、話、気持ちをそのままちゃんと受け止めること。

今なら「これからどうしたらいいか一緒に考えていこうか」と
言ってあげれるかな。

3年半の不登校が娘にもたらしたもの。子どもたちの感性を感性で聴く。

子供の行動

学校に行かなくなってしばらくすると、

きっと、
毎日家でゲームやネットサーフィンが始まる。
人によってはゲーム以外のものかもしれない。

その姿をみるとね、
穏やかな気持ちではいられなくなって、
そんな元気があるなら、学校に行けと言いたくなるんだよね。
自分はこんなに心配して、こんなに頑張っているのにって。

不登校が続いていたら、
これも形は違えど、そう思う時が来ると思う。

だけど、
それを取り上げたら、
子供はさらに心のバランスを崩す事になる。

ただでさえ不安なのに、
勉強のことも、友達のことも、
自分の将来のことも、親のことも、

社会に置いていかれるという感覚、不安は、
それを体験した人でないとわからないと思う。
特に、子供にとって、学校は社会そのもの。
そこから切り離れた孤独感は計り知れない。
例え、自分で選んだとしてもね。

抱えきれないほどの不安の中、
時にはこんな行動って必要なのだと思う。

もし、親から「なんで?どうして?」と責められ続け、
ゲームさえも奪わられたら、
逃げ場も、もともと底をつきかけたエネルギーさえも全て失ってしまう。

難しいかもしれないけど、
ここはいっちょ、「子供の世界を一緒に楽しでみよう」
くらいの気持ちに切り替えた方がいい。

意外に思うかもしれないけれど、
子供を変えよう、学校に戻そうと努力するよりも、

親が先に変わる方が解決が早かったりする。

変わると言う事

不登校になるとね、結構色々言われる。
甘いだとか、親が悪いとか、甘やかしすぎとか。
ほんと耳が痛い。

そして、
おじいちゃん、おばあちゃん、親戚も含めて、
色んな形で、心配がゆえの声も沢山聞こえてくる。

親も逃げ場を失って、辛くなるかもしれない。

そんな時はね、その問題の渦中からいったん外にでてみること。
「私、成長してくるわ!」と言って、
今までとは違う色々な人と出会い、新しい価値観や
考え方に触れ、頭の中にスペースを作ること。

同じ環境のままでは、新しい価値観は
生まれないから、やったことのないことにチャレンジするのがおすすめ。

私は、本屋さんに行って、気になった本を買って
著者が開くイベントに申し込んだのが最初。

タイトルは、作家 / ブロガーである立花岳志さん
心理カウンセラーである大塚あやこさん主催の
「自分にOKを出して前に進む」1dayセミナーだった。

そして、私はここから全てが始まった。

これは逃避行動でなく、問題を別の角度から見て、
新しい選択をするという事。
それは、自分の為であり、子供の為でもある。

親が自分以外のことに目を向け出すと、子供は、とても楽になる。
親が、色んな価値観を認め出すと、表情が変わり、
発する言葉も、身体からでる雰囲気も柔らかくなる。

そうすると、不思議に子供の表情も変わって行くんだよね。

私はここまで来るのに3年を費やした。

その間、私は自分の価値観で、
良かれと思ってやってきた事は
娘にとっては、ほとんどが傷の上塗り。
粗塩、マスタード、七味でこすってた感じ。

ほんとに、あの頃の娘の孤独と辛さを考えたら、
今でも申し訳なくて穴があったら入りたい気分。

色々あったけど

今年で娘は二十歳。
昨年、通信の高校を卒業し、今は鹿児島の専門学校で元気にがんばってる。

そして、来年は成人式。

不登校から7年、娘もがんばったけど、私も紆余曲折よくがんばった。

晴天の霹靂とも思えた
娘の不登校は

私の一方通行の狭い見識、
凝り固まった価値観、
見栄と、変なプライド、
その他もろもろに気づかせてくれた。

子供は、親の持つ問題を見せてくれている鏡なんだよね。

今もね、発展途上中だけど、
娘のお陰で、様々な人に出会い、興味があるものに気付き、
そして、今年、念願だった岡部明美さんのLPL認定カウンセラーにもなれた。
(現在カウンセリングページ作成中)

大人とか、親とか、
年齢は確かに子供より上だけど、
実は、身体ばっか大きくなっただけの、
おじいちゃん、おばあちゃんから見たらまだまだ子供。

いくつになっても日々成長中の人間。

だから、これからも、何か問題だと思う事が起きたら、
(中々難しいけど)柔軟に、しなやかに、
子供と共に学び、成長していきたい。

ある意味記念すべき9月1日という日、
あの日から7年後の私が今感じている事を書いてみました。

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