【家系図】家系を辿る旅 Vol.4

全ての戸籍を東京に持ち帰り、
さっそく家系図にとりかかった私がまず最初に作成したもの。

それは、和暦・西暦と旧漢字・新漢字の照らし合わせ一覧。

そして、そのあと、一番頭を悩ませたのは、情報をどう整理していくか、
私の目的は、単なる家系図を作る事ではなく、家系というものを多角的に見た全体像の把握。

4家系がどう関わり合い、誰が同じ時代を過ごし、
どんな出来事が、同時に、または時を経て何が起こっているのか。

そして、その中のひとりひとりが、いつ生まれ、結婚、離婚、出産、どこで暮らし、何歳で亡くなっているのか、この戸籍から読み取れるものを、出来る限り、感じ取りたいと思っていた。

戸籍と家系図

現在役場で取得できる最も古い戸籍は明治(19年式)で、その時生存している江戸末期に生まれたご先祖様までは記載されている。

父方4家系と母方4家系、合計8家系をたどると、
直系のご先祖様は5、6世代、人数も約80人~100人程になるらしい。

私がまず最初に取り掛かったのは、父方の家系で、下記の4パターンを作ると決めていた。

[親族図]戸籍調査で判明したすべての人を記載した系図の作成
[家系図]血筋を引く親族のみを記載した系図の作成
[家系譜]戸籍の情報を人物ごと、年代順に整理
[生没年一覧図]生没年月日の一覧の作成

手書きの戸籍は、名前も旧漢字で読めないもの。クセ字で解読が難しいもの、文字の上にバツ印が書かれ一部が消えてしまっているもの等があり、中々苦戦したけれど、

大き目の色付きポストイットを用意し、家族ごとに色わけ。
一枚毎に名前を書いて、その人にまつわる情報がでてきたら、そのポストイットに情報を追加していった。

旧漢字はWEBで検索しても出てこない物も多く、予測も多いけれど、1~2週間続けて、ようやく大体の家系図の形が見えてきて、

沢山の驚きと発見を繰り返しながら、家系というのがいかに影響し合っているのかを知ることになる。

この作業は仕事から帰ってきてから夜までほぼ毎日取り組み、結局約1カ月半を費やし総勢104名の家系図が完成した。

家系から読み取れるもの

家系から何が読み取れるのか。

まず、父の命日5月22日。
戸籍を見て初めて知った。この日は父の母親の誕生日。

その事実を兄夫婦に知らせた時、二人も本当に驚いていた。
なぜなら、兄夫婦の長男もまた同じ日に生まれていて、父が亡くなった時間はその子の出生の時間とほぼ同じ。さらに、兄嫁の父親も数年前に同じ日の同じ時間に亡くなっている。

昨年父が亡くなった日、甥っ子と話していて「今日は僕の誕生日。そして二人のおじいちゃんの亡くなった時間は、僕は生まれた時間とほぼ同じ」そう言っていた。

「枝」の漢字がつく二人の女の子が亡くなった日は
墓石に記載されていた日付とは1日違い、実際は5月23日、時間と場所も記載されている。
また、生まれた日から正確な年齢も知ることもできた。

この5月22日前後。
過去に何かがあったのかもしれないと思いつつ、それは戸籍からはわからなかった。

また、私の母の誕生日1月4日。
この日は、私がずっと頭から離れなかった女性。父の妹、好美叔母ちゃんもまた同じ。

さらに、墓石に書かれていない子供の存在もいる。
どうやら出生して数週間で亡くなった幼児の名前は墓石に記載されていないものもあるらしい。

名前についても、私の姪っ子は、3世代前に同じ日に生まれていた人と同じ漢字が使われている。こうした事例を見ていくと、父も知らずに私に「枝」をつけた可能性もあると思った。

細かいことを上げたらキリがない。
それほど、過去を生きた人と現在生きる人達はなにかしら繋がっているように見える。

偶然と言ったらそれまで。

私は現実的思考が強い方だけど、家系を調べる中で、偶然では片付けられない何かがある、説明のつかない現象がこの世には存在する。そう思った。

もうひとつの受け継がれる物

私が家系を調べたいと思ったもうひとつの理由。

それは、家系が持つ負の感情遺産を知るため。

私は心理学を学ぶ中で、「家族連鎖」という言葉を6年前に知った。
特に家族間に起きた事件や事故など、伝えられていない秘密があると、その後にゆがみとなって子孫に伝わっていくというものだ。

この家族連鎖については、そうゆう事はあるだろうと思いつつ、私の家系には母方の兄が戦争で亡くなっている以外は、特に何もなさそうだと思っていた。

だけど、昨年の夏に急展開。その時たまたま読んでいた外国人著者の本にも、
家系を調べる重要性が書かれていて、無視できない状況になった。

そして、私の家系が持つ負の感情遺産は家系図を作りながら明らかになっていく。

寺島家はどうやら女性というのは長男を生むための「物」として扱われ、女児はあまり歓迎をされていなかったようだ。

私の3世代前まで、女の子が生まれると、若くして、養子なのか、嫁としてなのか、そこが記載の表現がまちまちで正確には読み取れなかったけれど、明らかに自分の意志でない年齢に他の家に出されている。

また、長男に嫁いできた女性が出産し、一子目が女の子であったせいか、離婚となっていて、すぐに別の女性と再婚、またその一子目も女の子。その子はすぐに養子にだされ、また離婚し3番目の妻でようやく長男を授かっている。そして最初の妻の子供はその後20代の若さで亡くなっていた。

この流れを見ていると、この家系では女の子として生まれただけで、歓迎されず、
言葉にすると「いらない子」「必要のない子」として扱われていたように見える。

そして、この家系図を作りながら、
「枝」の漢字を持つ二人の女の子についても、
叔母から聞いた切なく悲しい話は、やっぱり真実のように思えて、、、

きっとね、人には想像に過ぎないでしょ?と言われるかもしれない。
でも、これはあながち間違っていないと私は思う。

なぜなら、その「いらない子」「必要のない子」という感覚が私にあるからだ。

父にそう扱われた記憶はないのに、この感覚が昔から私の中に確かにあって、
特に、恋愛をすると、いつか「いらない」「必要のない」と言われるのではないかずっと恐れていた自分がいる。

そして、昨年の5月、私はある人から「いらない」「必要のない」と、笑いながら嬉しそうに言われた出来事があって、その場は平静を保ったけれど、心の中は、自分でもどうしようもないほど動揺して、傷つき、その後も、あの時の光景と言葉がずっと頭の中から離れず、悔しくて何度泣いたことか。(今ならグーで殴ってる!)

この苦しみと怒り、そしてこの動揺は何なんか。
冷静に考えたら、それでよかったと思える出来事にこれほど傷つき続けるのはなぜなのか。

自分でも不思議なくらい乗り越えられず苦しかったけれど、この家系図を作る中で、
彼女達から流れてくる感情を知り、腑に落ちた。

そして、家系を知り、家系が持つこの負の感情遺産を癒すために、私は今ここにいるのだとそう思えるようになって、

私が幸せになること。
自分を生きることが彼女たちを癒す事になる。

私達は「いらない子」「必要のない子」ではない。

男とか女とか関係なく、価値ある一人の人間なのだ。

次に何をするのか

様々な感情と向き合いながら、ようやく家系図が完成し、
さて、次にすることは何だろうと考えていた。

好美叔母ちゃんの事はまだ気になっていたけれど、
住所もわからず、知り合いもいない。

娘さんの名前もわからず、
戸籍からわかったのは、57年前に結婚した人の名前とその時住んできた住所だけ。

もう、できることはなさそうだと考えていた時、
ある出来事が起こった。

会社で仕事中、
私の隣には、もう使われなくなったデータが入っているパソコンが置いてあって、

普段、誰も使わないのに、珍しく同僚の女性が調べたい事があるといって、隣に座った。

しばらくすると彼女は
「よしみがいない。よしみをさがして」とつぶやきだした。

驚いて、しばらく彼女の方をみていると、

私に気付いた彼女は
「よしみという会社を探しているんです。中々見つけられなくて、よしみを探さなくっちゃ」

「・・・なるほどね」

私はそれを聞いて、何も情報が得られないとしても、次の月曜日に千葉の柏市役所に行ってみようと思った。

次は、叔母からの言葉にならないメッセージの話に続きます。

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