【家系図】家系を辿る旅 Vol.3

カネボウ絹糸京美人株式会社次の日、朝一番に「印鑑と身分証明書を忘れずに」と彼女からのメッセージ。
9時には家に来てくれて、戸籍を集める一日が始まった。

とにかく、彼女は昔からしっかり者。
そして、私は昔から割と(そうとう)抜けてるという(多少)自覚がある。

きっと、ご先祖様が私一人では、いろいろ抜け落ちそうだと
心配になって彼女を呼び寄せてくれたのかも。

そんなことを考えながら、

今、私の家系を辿る旅に彼女と一緒にいることが、
なんだか、とても不思議だった。

彼女の名前は節子(実名本人了承済)。

出会いは小学校4年生、3つの学校が統合して、同じ学校に通うようになって、
その時は別のクラスだったように思う。その記憶はもう曖昧。

中学、高校は、同じクラスで、
彼女は吹奏楽部でフルート、私は器械体操部で、部活に夢中。

高校卒業後は、二人とも東京にでて、
私は編集デザインの勉強、彼女は栄養士を目指した。

同じ東京にいてもほとんど会わず、
彼女はその後、一度東京で働きはじめたけど、数年後には田舎に帰り役場に就職。

近すぎず離れすぎずの関係で、田舎に帰るとたまにご飯を食べて、
あの頃と変わらない会話をした。

本当に縁とは不思議なもの。
特別、繋がろうとしていなくても、縁がある人にはこうして
最適なタイミングで交わりあうことになっているのかもしれない。

遡れるまで全部

さて、家を出発して数分後には一つ目の役場に到着し、戸籍部門へ行くと、

担当してくれたのは、小学校の同級生の妹さん。

「お久しぶりです」と挨拶を済ませ、

そこでも、節子は、てきぱきと指示をして、
私はただ「はい。それで、お願いします」と言って隣で見てた。

どうやら、家系図を作りたい人は、こう伝えるといいらしい。

「家系図を作りたいので、戸籍を遡れるまで全部お願いします」

そういえば、新人さんでない限りわかると言っていた。

因みに、私は実家に本籍がないので、
戸籍を出すごとに1部750円が必要になる。

今日は父方、母方両方の4家系の戸籍を集める予定だから、何部になるかは想像できない。

「全部集めるのは結構費用かかるかもよ」と言われたけれど、それももう覚悟済。

最初の役場では、私の家族の戸籍抄本を受け取り、
父の本籍、そして、母の本籍があった役場へと移動する。

節子は、出力されてきた書類を見て、
すでにルートを考えていたようで、

「正枝、次の市役所にいくよ」

「あっ、うん、わかった」

ほんとその姿は神様に見えた。

母方の役場

次は母の本籍があった市役所。

担当として出てきた女性は、
「遡れるまで全部お願いします」と言うと、キョトンとして、

早速作業に取り掛かったけれど、探すのが大変なようで、周りの人に何度も聞きながら
パソコンの前で葛藤している様子。

「彼女はまだ慣れてなさそうだね。
戸籍を遡るには、どう戸籍が紐づけられているのか知らないと大変なんだよ」
節子はそう言いながら担当した女性の様子を見守っていた。

そして、出てきたいくつかの戸籍を、ひとつずつ確認しながら、
これとこれの間にもう一部あるはずだから探してみてねと指示してくれて、

その日の私は、頼りっぱなし。
朝から「うん」「わかった」「そうなんだ」「ありがとう」
この4つくらいしか言ってない気がする。
我ながら、この頼りなさときたら笑ってしまう。

そして、全部揃った母方の戸籍を、一通り見てみると、昔の戸籍は今のような家族単位でなく、一族単位で書かれている。

当時、役所に採用される人は字のキレイな人という条件が付いていたようだけど、
クセのある字も沢山あって、ここからの家系図作成はかなり時間がかかりそうだなと思った。

それでも、全部揃っていたら、いかようにでもできる。
こうして取りこぼしなく集められていることにもう感謝しかない。

父方の役場

次に向かった父方の市役所は、車で40分程で到着して、ここでも同様に遡れるまでの戸籍の依頼と、

もう一つ、私には確認したいことがあった。

それは、好美叔母ちゃんの住んでいた千葉の住所を知る方法はないかということ。

節子に聞いたら、叔母は直径で繋がっている人じゃないからダメだと思うけど、一応聞いてみたら?と言われていた。

事情を話し、担当の人に聞いてみると、やはり、私ではできないとの事。

昨日会った実の姉であったとしても、もう別の戸籍にいる人は、不可になり、
戸籍の附票を出したければ、直接血の繋がった親の委任状が必要なのだそうだ。
だけどそれはもう無理な話。祖母も祖父もすでに他界している。

私が担当の方に色々確認している間に、
彼女は父方の書類を見ていてくれて、

「正枝、お父さんの母親の本籍がもとの市役所にあるから、もう一度戻る必要がありそう。でも、その前にどこかでご飯でも食べない?」

時計を見ると、もうお昼過ぎ。

朝からずっと移動つづき、戸籍収集に頭がいっぱいでご飯を食べることをすっかり忘れてた。

再会

母方の市役所に戻る途中でレストランに入り、

個室の様に区切られているソファに座っていると
背中越しに男性たちの大きな声が聞こえて、少し気になったけど、

昔の戸籍の見方を教えてもらいながらご飯を食べた。

数字が見慣れない漢字で表現されていて、生年月日さえも満足に読めない。
もう古文書を解読してる気分になる。

節子は笑いながら「昔の数字は調べればわかるから、そのうち慣れるよ」

そんな話をしていたら、
背中合わせに座っていた男性が私の横を通り過ぎていくのが見えて、

「あ、、、」

見慣れた姿。

「いとこだ」

すぐに後を追いかけて、名前をよんだ。

彼も驚き、「正枝、こんなところで何してる」

「うん、ちょっと用事があって帰ってきてるの」

彼は父の兄の長男。
実はさっき車で移動中、彼のお母さんと電話で話をしたばかり。

これもまた偶然の再会。
もしかしたら、《彼と話しなさい》という何かのお知らせかもしれないと思ったけれど、
また、改めて彼に会いに行こう。そう思ってこの日は何も聞かずにそのまま別れた。

一日の終わりに

再び戻った市役所で最後となる戸籍を入手して、
これで家系図に必要な書類は全部揃ったことになる。

最終的に、戸籍15部、費用は×750円=11,250円+東京から持っていった戸籍抄本1部450円で合計は11,700円。

全て揃った書類を手に
「本当にこれ一人で、まして一日では無理だったわ。節子のお陰。ありがとう」
そう伝えると、

「全部揃ったし、お茶でもしようか?
私のお気に入りの喫茶があるんだけどそこに行かない?」と提案され、

「もう、長野のお店はほとんど知らないから」と、場所はお任せした。

そして、向かった場所。
この一日の最後にこれほどふさわしい場所はないかもしれない。

到着して、中に入ると、すぐに資料館があって、
ここはカネボウ絹糸京美人株式会社という製糸工場の跡地と書かれていた。

カネボウ絹糸京美人株式会社。

それは、母と昨日会った叔母が初めて出会った職場。

「・・・節子、ここ母が結婚する前勤めていた職場だ。驚いた」

「えっ、そうなんだ。私の叔母さんもここで働いていたんだよ」
そんな話をしながら、2階の喫茶店に向かう階段を上り始めたけど、

やっぱり、なんだか気なって、

「先に行ってて」そう言って、

私は途中で引き返し、資料館の中に入っていった。

そこは12畳ほどの小さな部屋で、当時使用していた機械や絹糸、壁には昔の資料が飾られていて、

それを一つ一つ眺めていたら、まさに母が働いていた頃の写真を見つけ、セピア色から伝わる母の時代、母の青春をこの部屋で感じることができた。


何分くらいいただろう、資料館をでて喫茶店に行くと、そこはゆったりとした空間が広がっていて、大きなテーブルに彼女は座っていた。

「ゆっくり見れた?」

「うん、今日の最後に母のいた職場。なんか不思議」そう言うと、

「今日は丸一日家系を辿る旅だったね、
正枝はお盆に生まれてるでしょ?そうゆう役目を背負っているんだと思うよ」

そう言いながら、

今日受け取った戸籍を、見やすい順番に並び替えてくれて、
「あとは頑張ってね」と笑っていた。


こうして、戸籍を集めた友人との一日が終わった。

でもね、こうして文章にしてみると、

戸籍が一日で全部揃ったのも、
いとこと偶然再会したレストランも
そして最後の母の面影を感じた喫茶店も

これ、全て彼女の導きがあってこその偶然。

私はといえば、「うん」「わかった」「そうなんだ」「ありがとう」と連呼していただけ。

やっぱりこの日の節子は神がかっていたと今改めて思う。

そして、このブログを通してもう一度、本当にありがとう。

さて、次回は文字の解読、本格的に家系図にとりかかる話に続きます。

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