【娘の旅立ち】母の想い

娘が鹿児島に行く話をすると、
何人かに言われた言葉。

「寂しいでしょ?」

「うーん」

「そうだね」って言葉じゃないんだよね。

寂しいという感情は、きっと鹿児島に行って
しばらく経ってから感じるのだと思う。

今は、ホッとしていると言うか、
とうとうその時が来たなと言う
なんとも言えない感情。

なぜかと言うと、
18になったら、この子は
家を出て行く。

ずっとそう思って暮らしていたから。

私自身もそうだったし、
そうした方が、この子は自由になれる事も知っている。

その思いは、予期しなかった不登校によって、
1年間ズレたけれど、こうして、
やっぱり家を飛び立つことになった。

それも、鹿児島という
中々会いに行ける距離でない場所に。

それでいい。

自分が行きたいと思った場所なら
もっと遠くであっても自由に決めればいい。

ただし、私がフォローできるのは、二十歳まで。

その後は、自分でしたい事が出来た時は、
自分でどうしたらできるか考えてね。

そう言ってある。

自立

もちろん、その後も、
できる限りの協力はするけれど、

娘同様、
私もそろそろ自立しないと。

自立って、経済的なものだけでなく
精神的なものの方が重要だよね。

側にいると、どうしても、
娘の事が気になり、
頭の中のほとんどを占めて、

新しい何かを始めるときも
娘との生活が維持できるのか、
学費はどうするのか、
そう考えては、自分のチャレンジから
逃げる事ができた。

そういう意味で、
あと一年で、私の逃げ道がなくなることになる。

今年一年は、
離れた生活の中で、
私は、私の事を考えながら、
「娘が二十歳までは私がフォローする」という
想いを全うする。

頼りない母親だったし、
娘が望む、十分な愛情を注ぐ事も
やりたい事を自由にやらせてあげられるだけの
稼ぎもなかったけれど、

ひとつだけ、私が自慢できる事があるとしたら、
それは、自分から逃げなかったということ。

身から出たサビ

何もかもが上手くいかなくて、
一番辛かった頃、
夜の街を泣きながら歩いた。

どうしてこんなことになるのか
全然わからなくて、
疲れちゃって、でも何もせずには
いられなくて、空回りして、

あの頃の私に、今の私が
声をかけるとしたら
「ほんと、バカね。
立ち止まるという事を覚えなさい」と
優しく言ってあげたい。

離婚での娘への罪悪感、
自分への不信感、
娘の不登校、
母の介護、
兄との確執、
娘は体調を崩し、
食べれない、寝れない日々、
そんな中、会社から言われた突然の関連会社への移動通告、

それもこれも、
身から出たサビと言われてしまったら
それまでだけど、

そんな中で、その問題から
逃げずに自分と向き合った。
そうして、今までと違う人達と出会い、
色々な事に気付き、新しい自分を発見しながら、
それは現在も続いている。

そして、今、祝福の気持ちと共に、
娘を手放す時がきた。

私の想い

一緒に暮らしていたからわかる。

娘は、私より強い。
私以上に、自身に向き合い、
自分という人間を見つめてきた。

私にはない素晴らしいものを沢山持っている。

小さい頃は、
私の望む明るく社交的な人間になろうとして、
ある日、ポキッと気持ちが折れた。

親子であっても、
「これほど理解できない人間ているんだね」と、
今はお互いがそう思っている。

そういう意味で、
多くを学ばせてくれた娘。

私のような、
面倒な人間を間近で見てきたのだから、
大抵の人は「母さんよりマシ」と
思うかもね。

今年の、4月8日に鹿児島に行く娘。

これから、人生を歩む中で、

自分に起こる出来事が、
自分の望むものでなかった時は、
自分の方向性を見つめなおす時、

自分を責めるのでなく
自分を活かす事を考えてね。

偉そうなこと言っているけど、
これは私の課題でもある。

どうか、沢山の幸せが娘に降り注ぎますように。
どうか、自分の望む素晴らしい人生となりますように。

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